はじめまして。
レイキマスター&直傳靈氣療法師範格の、むかいしょうこです(左)。
(右は香りの森レイキスクールの仁科まさき先生)
レイキマスターですが、妻であり、一家の健康を預かる母でもあります。
いち母として、なるべく病院のお世話にならずに、家族の健康を維持管理したい。
何故かそんな思いがとても強く、これまで様々な自然療法を勉強してきました。
読書が好きで、
人間の身体の不思議・命の素晴らしさの不思議に想いを馳せるのが好きです。
2011年に国外居住時、隣人のルーマニア人の友人から受けたレイキの心地よさに衝撃を受けました。当初、”目に見えない”レイキに懐疑的だったものの、日本発祥のものならば日本で学ぼうと、海外から仁科まさき先生のもとに通い、靈氣療法師/レイキヒーラーとして歩み始めました。
現在は長野県松本市に居住しています。
沖道ヨガやマクロビなどの食養、東城百合子さんや一条ふみさんの薬草の知識、ホメオパシー、バッチフラワー、これまでも色々と民間療法などにはまりましたが、どれも、学んでいる最中に、
「その道の専門家の方が、その分野という視野からしか物事を語らない」
という状況に直面するたび、夢中だったのにパタリと熱が冷めてしまう、ということを繰り返していました。
私は一体何がしたくて、何を求めているのでしょうか?
おそらく、自分の好きな概念は、「holistic(全体性)」(※注記)という言葉に集約されているな、とは常々思っていました。
どの療法もholistic(ホリスティック)という同じキーワードを掲げて、入り口はとても面白く興味深いので夢中になりますが、ヨガならヨガ、マクロビならマクロビという角度からしか物事を語らなくなる時点があるように思えます。
でもそれって本当にHolisticでしょうか?どんなアプローチも結局同じところにたどり着き、同じことを言っているのに、わざわざ違うアプローチであることを強調して、すべて特定の分野のフィルターをかけて物事を語る、ということになぜかいつも違和感を覚えてしまうのです。
しかし、靈氣は違いました。
靈氣はどんな療法と併用してもOK、そして基本的に、ただ相手が必要としている場所に手をあてる、それだけ。
理論もなければルールもない、排他性もありません。
技法も自由で、とても幅が広い。
究極でシンプル。
靈氣を始めてから、食べ物も、健康も、精神性も、何もかもがエネルギーそのものだということがわかり、物事をこのように理解することこそが”Holistic”ということなのではなか、そんな風に思えました。
エネルギーという角度から物事を見ると、どんな枠も飛び越えることができます。
排他性が無く、どこにでもある靈氣。
不思議で不思議で仕方なく、便利さに感動し、靈氣の神秘をもっと知りたい、
もっともっと知りたい、そして知ってほしい。
・・・と、思っている間に、いつの間にレイキマスターになってしまいました。
まだまだマスターとしての経験も浅い私ですが、
みなさんと一緒に靈氣の素晴らしさを感じ、いつでも靈氣にアクセスできる幸せを分かち合えたらいいな、と思っています。
そして一人でも多くの方に靈氣を広めることで、世の中に幸せな人が増えたら、
素晴らしいことだな。
と、願っています。
(※注記)
「ホリスティック医学とは」 (以下、日本ホリスティック協会HPより抜粋)
健康な状態、病気の状態に関係なく、人間の「からだ」というものは、常に全体的にとらえる必要があります。ここで言う人間の「からだ」とは、肉体・精神・心・霊魂の総体であり、すなわち人間そのものを指します。ゆえに、健康、あるいは健康破綻としての病気について考えるということは、人間について考えるということです。
人間の生を「いのちの営み」として、ありのまま全体を見つめ、限界や欠如も含めて尊重する姿勢がホリスティックであり、ホリスティック医学をひと言でいうならば、人間をまるごと全体的にみる医学といえます。 これは、病気だけに限定されるものではなく、人生の生老病死にかかわる、あらゆる分野の「癒し」も関連しています。したがって、ホリスティックヘルスとは、「病気でない状態が健康である」という否定的な定義や「検査結果が正常値の範囲以内であれば健康である」という消極的な定義ではありません。
精神・身体・環境がほどよく調和し、与えられている条件において最良 のクオリティ・オブ・ライフ(生の質)を得ている状態 』を健康と考える、より積極的な状態のことです。
(抜粋終わり)